2012年8月18日土曜日

1978.5.11 琉球新報 落ち穂「リマット河畔の新緑」


リマット河畔の新緑

 第1次世界大戦が始まった頃、「チューリッヒ」で反戦平和のパンフレットを盛んに出版した、ロマン・ロラン。ロシア革命や第二インターを、ルナチャルスキーと共に指導した、レーニン。ダダイズム運動をおこし、現代の芸術運動に様々な影響を与えた、芸術家の一群。第二次世界大戦の初期、まだ旧中三、四年生の頃、独ソ戦の戦況や戦時のヨーロッパの街の様子などが、「チューリッヒ」発の記事であったことー。
 バーゼルの街を過ぎ、チューリッヒへむかうレンタカーの中で、様々なことが、まだ見たことのないチューリッヒの街をめぐって想い出された。
 灰色の曇天の下に拡がる、淡雪をかぶった広い、なだらかな、今は牛のいない牧草地帯や、樅の木などの繁った黒々とした森林地帯や、教会を中心に、こじんまりとまとまった美しい集落などを後にして、三月二十八日の夕方、チューリッヒの街に入る。
 チューリッヒは人口四十四万をこす、スイス最大の都市であり、現在、国際的な交通、貿易、金融、株式取引の中心地で、ヨーロッパ最大の自由為替市場となっている。全長五千百十三キロという驚異的な鉄道を有するスイスで最初に鉄道を敷設したのもチューリッヒであり、中央駅からはドイツ、イタリア、ポーランドへ直通の急行列車が走っている。
 市街は、チューリッヒ湖から流出する、リマット川にそって発達し、両岸の古い市街は九世紀から十世紀ごろに始まる。特に十二世紀から十四世紀のゴシック建築にはすばらしいものが多い。市の図書館は、十五世紀の建物で、七十万冊の蔵書を有するといわれている。
 チューリッヒの街に入った。最初の印象は、リマット川の新緑の美しさであった。萌えるような緑、すがすがしい緑、桃色がかった柔らかい緑ー生き生きした、かわいらしい新芽の群ー様々な新緑が、幅二十メートルから三十メートルの帯となって、ずっと川辺に続き、レンタカーの窓一杯、清冽な川風に吹かれてそよいでいる。
 この緑が、街全体をのびやかな、ロマンチックなふんいきにつつみこんでいる。商業都市であると共に観光都市として益々さかんになっている秘密の一つは、この緑にありそうだ。この街へ行った人は、きっともう一度訪ねてみたいという気をおこすにちがいない。  

琉球新報 落ち穂 1978年5月11日