2012年8月27日月曜日

1987.7 「風が吹くとき」哀れに美しい反核映画



風が吹くとき

哀れに美しい反核映画

 この映画の魅力は、退職した老夫婦のささやかな愛情に満ちた郊外生活を横糸とし、原爆投下という極めて重い事件を縦糸として織りなす異常なドラマ性にある。
 国際的ベストセラーを八作も世に送っている原作者・レイモンド・ブリッグズが描く老夫婦の姿は子供のようにあどけない。第二次世界大戦をくぐりぬけ、仕事をつとめあげ、子供を育ててきた二人は国民として誇りをもっている。ジムは今でも国の指導者を信頼し、国民としての義務を果たすべきと考え、妻をこの上もなく敬愛する人のよい男性で、核戦争や政治などについても妻に講義したりする。妻ヒルダは食事・洗濯・掃除にうちこみ、たよりない夫をあたたかくつつみこむ、愛情豊かな女性である。このほほえましい夫婦の愛情は原爆投下という異常な状況でも変わらず、放射能に侵されて共に死んでゆく。
 森繁久彌と加藤治子は、風刺とユーモアに満ちた、淡々たるイギリス人らしい会話を日本語で見事に表現し、老夫婦の性格を余すところなく浮き彫りにしている。
 原爆投下という限りなく重く暗いテーマを、平凡であるが故に、かえって普遍性をもつ愛情によって、哀しく、そして美しく、やるせなく追求している。その哀しさ、美しさは、原爆投下前のヒルダが蝶になって舞い、投下後はヒルダが消えてカラスになるという、空に舞うタンポポのイメージなどによって増幅される。
 淡々とした動きとはいえ、色彩感の変化に富む、老夫婦に対して、その背景となる部屋の中のたたずまいは、実際にセットされたものや、それにもとづくミニチュアを作って写真を撮り、ほとんどモノクロームで仕上げたもので、アニメでありながらリアルな感じを出し、作品を古典的な重厚なものにしている。
 核ミサイルを積んで疾走する軍のトラック・戦争の予告のニュースの後にあらわれる巨大なミサイル・飛行中の爆撃機・海中を進む原子力潜水艦ーこのような映像が淡々としてすすむ老夫婦の動きの、要所要所にあらわれる。そして、遂に敵がミサイルを発射したニュースーその後の原子爆弾の爆発。このたたみかけてくる不気味な映像や音響は、すぐれたサスペンス映画にもまさるともおとらない迫真的な効果をあげ、観客は息をのむ。数々の国際的賞に輝くジミー・T・ムラカミ監督の才能のすばらしさだろう。
 明るい青空で風に流される白い雲を眺めるジムの最初の場面と、夫婦が黒いジャガイモ袋にはいり、瀕死のイモムシのようにもがいている最後の場面の対比・爆風の暴れ狂う中で破砕される夫婦の結婚写真・体の弱ったヒルダがトイレのネズミを見て悲鳴をあげる場面など何とも哀しい場面も多い。
 主題歌はデビッド・ボウイが担当しており、若ものをひきつけるにちがいない。
 この映画は制作中に生れた子供達にささげられている。核にしがみつく指導者に警告を発し、核によって平和がたもたれるという「迷信」を打破し、「核廃絶」の国際的な草の根運動によって、子供の未来は保障されるという願望からであろう。
 それにしても、これは大人のアニメ映画である。子供に見せるときは先生や父兄が子供と一緒に話し合う機会を必ずもつべきであろう。
 映画を見終わって思わず「うーん」としばらく重い感動にひたった。巨大な核戦争の課題にどう対処すべきかーそれは個々人の生き方の課題でもあろう。


1987年7月?


風が吹くとき→http://ja.wikipedia.org/wiki/風が吹くとき