2012年8月27日月曜日

1992.4.24 沖縄タイムス 唐獅子「森と台風」



森と台風

 台風が過ぎて数日後、名護岳近くの森に入る。渓流の水嵩は、思ったより増えていない。森が水を蓄えているのだろう。強烈な台風の雨粒は、森を覆う木の葉に受け止められ、ぽたぽた落ちる雨水となって、落葉の積もった土に吸いこまれ、徐々に地層に浸透し、少しずつ谷間に集まり、渓流となる。
 うす暗かった森の中は、かなり明るくなっている。強風と雨でそぎ落とされた、夥しい木の葉や、折れた枝や幹は、やがて腐葉土になるだろう。蔭になっていた樹が、陽の目を見、ゆらめくような精気を発散している。活発な光合成によって、盛んに酸素を放出しているにちがいない。木霊・木の精・キジムナーの息吹が強い。病んだ心身が癒されるようだ。森は失った樹に代わって、より若々しい樹を育てる。
 一定の広さの原始林は、枯れた木の量と、成長する木の量が同じで、全体としてまとまった森を維持するという。沖縄の原始林も、何千年という永い間、毎年台風にあいながら、森を維持し、ヒトをふくめ、多様な生物を養ってきた。渓流の集まった川は、エビ・カニ・ウナギ・アユなどを成育し、栄養分を川口に運び、プランクトン・小魚・貝などを育て、海の生物を豊富にした。
 農業の為の基盤整備や、ゴルフ場に森はつぶされ、生命のリズムを伝えて、絶えることのなかった川の流れは、ダムによって断ち切られた。
 九州各地で起こった杉山の土砂くずれは、森の木を伐り倒して植えられた杉苗の根が、山の土を保持出来るようになる前に、しっかり土を確保していた森の樹の根が腐ってひき起こされた。目先の利益の為の造林で、森をつぶした報復である。
 台風や洪水による自然災害も、もとを辿れば、ヒトによる人工災害の場合が多い。
 森は訴える。「私達は、太陽の惑星・地球に育つ同胞。ヒトは森と共生せよ」

沖縄タイムス 唐獅子 1992年4月24日